2018年松本大学教育学部「学校教育現場を支える職員」スライド

2017年、2018年、2019年、2020年の4年間、松本大学教育学部1年生に「学校教育現場を支える職員ー学校事務職員からみた現場」という講義をした。

2017年の対面講義でスライドの原型を作成し、2018年に修正し、2019年に再度修正した。2020年はコロナ禍のためオンライン授業(講義)となったので、画面でも理解できるように大幅に修正した。

 

2020年長野県教委「小中学校事務職員現任第一部研修」スライド

2020年長野県教育委員会主催「小中学校事務職員 現任第一部研修」

『学校事務職員の役割』スライド

新規採用事務職員の研修がコロナ禍により、5月から10月へ延期されてしまった。

スライド内容は5月講義予定で作成してあったため、10月の講義にはインパクトが足らなかったように感じられた。スライドが66枚もあったので、印刷して配布するには担当者に負担をかけると思い、A4サイズの原稿2枚を配布用資料としたが、参加者からは手元にスライド内容がないので理解が深まらないと不評であった。講義終了後に、県教委から参加者へデータのメール送信を依頼した。



2019年須高事務研「学校事務職員のプレゼン技術ー事務室からの情報発信」スライド

2019年12月、長野県須高事務研究会の冬期研修会で「学校事務職員のプレゼン技術」について講義したスライドです。内容は「事務室からの情報発信」。自分が行ってきた情報発信を例に、理論と技術について話した。

 

目次「2050年の長野県の学校事務」(2018年~2022年)

2016年退職後に発表したスライドと学校事務誌に掲載された原稿の目次です。

 

1-2018年松本大学教育学部「学校教育現場を支える職員ー学校事務職員から見た現場」

2018年松本大学教育学部「学校教育現場を支える職員」スライド - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

2-2019年須高事務研「学校事務職員のプレゼン技術ー事務室からの情報発信」

2019年須高事務研「学校事務職員のプレゼン技術ー事務室からの情報発信」 - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

3-2020年長野県教委、学校事務職員現任第一部研修『学校事務職員の役割』

2020年長野県教委「小中学校事務職員現任第一部研修」スライド - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

4-2020年教職員組合大北事務職員部「アップデート?する小中学校事務(長野モデル2.0)」

2020年大北事務職員部「アップデート?する小・中学校事務(長野モデル2.0)」 - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

5ー2021年 長野県学校事務研 研修大会講演

2021年長野県事務研 研修大会講演スライド - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

6-2021年 大北学校事務研「共同学校事務室のトリセツ(事務職員用)」

2021年大北事務研「共同学校事務室のトリセツ(事務職員用)」スライド - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

7-2022年 大北学校事務研「共同学校事務室のトリセツ(教育委員会と学校事務)」

2022年大北事務研『共同学校事務室のトリセツー教育委員会と学校事務ー』 - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

8-「学校事務誌 1985年12月号」揺れる心とアイデンティティ

『学校事務 1985年12月号』揺れる心とアイデンティティ - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

9-「学校事務誌 2020年6月号」ぼくは学校事務職員で教育行政職員で、ちょっと教育職員

『学校事務 2020年6月号』ぼくは「学校事務職員」で「教育行政職員」で、ちょっと「教育職員」 - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

10-「学校事務誌 2021年9月号」持続可能な学校事務とは何か

『学校事務 2021年9月号』「持続可能な学校事務」とは何か - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

『学校事務誌2021年9月号』「持続可能な学校事務」とは何か

学校事務誌 2021年9月号 特別企画

「持続可能な学校事務」とは何か

ー2050年の長野県の学校事務職員ー

 

 松本大学教育学部の学生に「学校事務職員と教育現場」について講義している、ということを図々しくも県教委に手紙を書いた。これは、私から県教委への売り込みだ。売り込まないと県教委も知らないことだからだ。県教委ももっと積極的に学校事務を現場から知ってほしいという願いからだ。

 2020年3月、県教委から「5月の新規採用事務職員研修会で講義してほしい」という依頼が来た。この依頼の後、私は県教委に現職学校事務職員が研修で勤務しているという話を聞いた。えっ!そんなことしてるの。誰が県教委に行ってるの?正直驚いた。後で私の知っているAさんだということがわかった。

 県教委の講師依頼は、学校事務職員Aさんが県教委に現場研修生として県庁で働いているから、可能になったのでは?という疑問がわいた。「このHという奴からこんな手紙がきたが、どういう奴だ?」想像するに多分そうAさんに尋ねたはずだ。

 私は簡単に県教委がOK出さないだろうと考えていた。ダメもとで手紙出したんだし。 

 1990年代、私が組合事務職員部の県常任委員になった頃、県事務研役員との話し合いから「小中学校事務職員を県教委の研修生として送り込んだら、事務職員問題は解決するのではないか」という提案が何度かされた。しかし、組合事務職員部は「選抜された事務職員がエリート化する危険と選抜された事務職員を優先的に昇任昇格させる可能性が払しょくされない限り、その話はない」ということで却下したのだ。組合は全員の平等性を尊重していたから。それ以降、事務職員間でこの話は立ち消えになったはずだ。2000年代に県教委が組合の合意もなく市教委派遣研修制度を無理やり導入したときは組合の反対で2年後に県教委は撤回したはずだ。何故、Aさんは県教委事務局に研修生として勤務しているのか?退職した私にはその理由を知ることはできない。まあ。とにかく、私は県教委から新任者研修の講師を依頼されたのだ。Aさんの後押しがあったのかどうかはわからない。

 1990年から、長野県の新任事務職員は大規模校の県費事務職員複数配置という定数根拠を利用して、先輩事務職員の下で、1年間OJT研修することになった。だが、先輩事務職員に後輩を育成する力量が不足しており、むしろ新人事務職員が独立できずに毎年離職していることがわかった。組合や事務研がこの事実を把握しているのかどうかは分からない。が、私は現職中に「新人事務職員がOJT研修後、新しい赴任先で学校事務を1人でマネジメントできるサポート体制を各地区研で行った方がいい」と提案してきた。しかしフォローをしても離職する事務職員はいた。もっと具体的にサポートできる体制は何か。「共同学校事務室」だ。地教行法が改正されたのは2017年。私が退職してからの法改正でできた制度だ。残念だった。退職した私にはこの制度を生かすことも何もできないのだから。

 この県教委の新任事務職員研修会はコロナ禍で当初5月が延期され10月になった。研修会の1日日程の午後一番の講義だった。まず概要を知ってもらおうと、長野県の学校事務を時間軸で話していった。でも、講義をしながら「この講義は失敗」だと思った。私の話は、まだ学校事務が何だかも知らない4月5月か、1年経験して一人校に赴任してから2年目とかになって話を聞くと、いい味が出て、話をかみしめるのだろうな、と思える内容だったからだ。ちょっと作戦失敗だ。彼ら彼女らは、10月になって、6か月も学校現場を経験した新人学校事務職員だ。現在の興味関心は私のそんな話ではなく、来年4月に異動で一人勤務になった時に自分はやっていけるのだろうか、という新年度の不安でいっぱいで、具体的な処方箋を必要としていたのだった。

 この失敗と思われた講義内容は、幸いなことに(?)、翌年2021年10月に県事研の全県大会で講演してほしいという依頼がきたことで、再度話すことができるようになった。この全県大会もコロナ禍のためビデオ講演であったが、この「新人にした話をベースに現職者向けにアレンジ」して話した。感想を聞くと全県の事務職員から好評を得たようだ。

 学校事務誌の木村編集長に前回(2020年6月号)の掲載のお礼をし、山口元編集長がコロナで亡くなったという記事を読んでお悔やみをメールした。その時「山口元編集長に1985年12月号で事務職員の職種アイデンティティのことを書かせていただきありがたかったこと。そして退職した現在、自分なりに学校事務アイデンティティを見つけたこと」を書いた。すると、木村編集長からそのことを書いてくださいと依頼された。2050年も学校事務という仕事が持続して長野県の学校事務職員も大きく変化していることを願って寄稿した。ありがとうございました。







 

『学校事務誌2020年6月号』ぼくは「学校事務職員」で「教育行政職員」で、ちょっと「教育職員」

学校事務誌 2020年6月号 特別企画

『ぼくは「学校事務職員」で「教育行政職員」で、ちょっと「教育職員」

松本大学教育学部での3年間の講義からー

 

 長野県の学校事務職員を2016年に退職して2017年から2020年までの4年間長野県松本市にある私立大学「松本大学」へ「学校事務職員」の講義をした。なんと自分でもびっくりだ。2017年4月から教育学部が新設され、毎年1年生に講師として話したのだ。

 退職後、学校事務業界から全面的に手を引こうと思っていた矢先、2016年8月の地元新聞で「松本大学教育学部新設を計画」という記事を読んだ。へー、と思っていたところ、愛知教育大学が学校事務職員の養成をする、という新聞記事も読み、「これは何か、虫の知らせか」と学校事務からの全面撤退を考え直してみることに。

 現職中は自分なりに学校事務職の後輩たちを育てようと、私の学校事務実践の様子を教育研究集会などの場を利用してレポート発表で公開したり、教職員組合の役員や学校事務研究会の役員を受けて様々な面でサポートをしてきたつもりだ。そうかあ。これは学生に学校事務職員の種を蒔けというサインなのか、と理解した。勝手な思い付きだ。

 私は早速、松本大学の学長に手紙を書いた。履歴書も入れて。すると、返事が来たのだ。無視されても仕方ないと思っていたのに。内容はこういうことだった。

教育学部長に教育行政的な講座をつくることは可能か、と聞いたら、学生を教員にするシラバスを組んであり不可ということだった。それで、学長が学部生に毎週1コマ現代教育学に関する講義をしているので、1コマ90分、1年に1回だけ外部講師として講義をしてほしい」という内容だった。

 私は、お礼を言い、学校という教育現場で教員以外の職種、特に学校事務職員を中心に現実の学校現場がどうなっているのかを話すことにした。2017年の教育学部1期生から始め、そして3年が過ぎ4年目に入った2020年。大学はコロナ禍となりリモート授業となった。私の大学での講義も2020年で終了した。それは学長が退任したからだ。後任の学長に引き続き講義ができように伝えるが、と言われたが、私は断った。学長が立ち上げた教育学部の理念を後任の学長が引き継ぐとは思えなかったからだ。2021年第1期の卒業生から順次小学校等の教員となって就職している。長野県の教員になった学生もいるはずだ。私の講義を覚えているかどうか疑問に思うが、少しは役に立てたのかなと思う。そして、学校事務職員になった学生がいたのかどうか?それは分からない。

 

 私は退職後も学校事務誌を購入していた。これは、大学で話す学校の内容や、また、地区研で講師の話がいくつもあったので、古い学校事務情報ではいけないと思ったからだ。ちゃんと情報はアップデートした。その頃の学校事務誌に、他県でも学校事務職員が県教育センターの講師になったり、大学の講義をしたりという記事が掲載されていた。そうだよなあ。今の時代、学校事務をもっとアピールする必要があるよなあ。なんといっても教育現場にいる事務職員って貴重だし。

 学校事務誌に横浜市の学校事務職員の研修に教育課程も入れてあるという記事を読み、木村編集長に学校事務職員の研修も大きく変わってきていますねという感想と共に、私は長野県の私立大学で「学校事務職員と学校現場」という講義を大学生にしています、という内容をメールした。すると、是非記事にしてほしいという依頼メールが来た。私は35年ぶりに学校事務誌に寄稿することになった。内容は2017年から2019年までの3年間対面で講義してきた大学での90分授業の内容をダイジェストにした。

 講義終了後、講義の感想を学生に書いていただくのだが、「教員でなく学校事務職員という選択肢もあり」という感想もあった。それはそれでうれしかった。■

 

『学校事務誌1985年12月号』揺れる心とアイデンティティ

学校事務誌 1985年12月号「特集 学校事務職員とこころの問題」

『揺れる心とアイデンティティ ーいつまで個体発生が系統発生を繰り返すのか』

 

 30才の時、学校事務職員とは何かと悩んだ時にたどり着いた私の答えがこれだった。

 当時の「学校事務誌」山口編集長へ、信州の山奥でこんなこと考えているんですけれど、と手紙を送ったら(当時はメールがなかった)、原稿依頼がきたので初めて雑誌というものに文章を書いた。

 時代は、国家予算の見直しで、「義務教育費国庫負担適用除外問題」が出て、「学校の事務職員と栄養職員は国庫で予算付ける必要ないんじゃない」という大蔵省(現在財務省)の提案が暗雲となっていた。それは学校に専任の事務職員は不要だ、というメッセージだった。国は、「教員だけ面倒をみよう」それで責任が果たせる、という理屈だった。その中、文部省はがんばっていた。(敵は大蔵省)。全国3万人の学校事務職員は「それだとマジで困るんですけど」と改悪反対闘争を行った。私も組合役員だったので、霞が関へ陳情に行きました。

 学校にいる事務職員の仕事についての考え方は、学校事務職員の中に二つの立場が昔からあった。それは、①学校の教育課程を教員と一緒に作り上げている仕事だ という立場と、②学校という職場で教員とは相いれないから一般行政職員になって学校から役所へ行きたい という立場の事務職員だ。それはそれは、もう無茶苦茶ですわ。戦後学校事務職員が配置されてから「教育派」と「行政派」の論争がずーっと続いているという、不思議な職業です。私がこの仕事についてから気づいたのは、「学校事務職員というアイデンティティがないのんと違うか?」ということでした。

 国庫負担問題とは関係なく、ただ後日いろいろ分かったのは「行政派」の強かった自治体の学校事務職員はどんどん合理化されていったということでした。そりゃそうでしょう。ペーパー仕事はデジタル仕事に置き換わり、学校にわざわざ正規職員である必要もなくなってきたのですから。東京都は一般行政職と学校事務職を一本化して、学校へどんどん非正規事務職員を配置していきました。学校事務を守ると言っていた優秀な東京都の学校事務職員の皆さんも定年退職となっていき、ついに東京都の事務研は厳しい状況へ。「教育派」の多かった自治体は学校現場での事務職員の役割を明確にアッピールしてきた、デジタル仕事に変わっても学校に存在する必要があることを明確にする努力をしてきた。ただそうしたことに根強い反発もあり、事務職員がどこまで教育に関わるのか、そこまでする必要はないだろう、という業務オーバー赤信号を出していることも理解できる話なのだ。この二項対立は現在も続いている。

 私が思うに、学校事務職員を「行政」と「教育」に分けられないのだ。「行政よりの事務職員」とか「教育よりの事務職員」とか、それを6対4のブレンド事務職員とか、とにかく学校事務職員はいろいろなのだ。きっちり分ける必要はないのだと思う。

 さて話がそれてしまった。当時、国庫負担がなくなっても、自分たちは公務員だから解雇されないだろう、なんて甘い考えの人もいた。地公法28条で「予算が無いため免職」という非情な手段もあるということを知らない人もいた。県費学校事務職員は、県職員のようでいて市町村職員みたいな立場なんだから。県職員で受け入れてくれるのか?市町村で受け入れてくれるのか?もし国庫負担が無くなったら、混乱は避けられないのだ。

 学校事務という仕事を見直すきっかけとして特集を組んでいた山口編集長は、「学校事務とは何か、事務職員とは何か」を深堀している凄腕編集長だったので、私のこんな「なんで仕事で悩んでいるのかわからない人のために書いた」という原稿を採用してくれたのだと思う。■